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オーケストラが演奏する曲の中でも最も人気のある交響曲の一つ「第九交響曲」。とっておき情報では「第九」を聴く方、「第九」を歌う方に知っていただきたい情報を綴りました。
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「第九」の歌詞(独語・邦訳) |
「第九」の歌詞(ごろあわせ編) |
第九の初演物語 |
第九の初演物語(日本) |
年末に第九が多いのは |
「第九」合唱団(練習の基本は) |
余談その1(合唱団と血液型って!?) |
余談その2(顔の輪郭でわかる声の特徴!?) |
第九のCD |
第九のDVD |
第九の本 |
第九の楽譜 |
一般公募がある第九 |
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「第九」の歌詞(独語・邦訳)
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O Freunde, nicht diese Töne! おお友よ、この調べではない! Sondern lesst
uns angenenehmere これでなく、もっと快い、 Anstimmen, und
freudenvollere. 喜びに満ちた調べに共に声をあわせよう。
Freude, Schöner
Götterfunken, 歓喜よ、美しい(神々の)火花よ、 Tochter aus Elysium, 天上の楽園の乙女よ! Wir
betreten feuertrunken, 私たちは情熱の中に酔いしれて、 Himmlische, dein
Heiligtum. 崇高なあなたの聖所に足を踏み入れる、何と神々しい! Deine Zauber binden
wieder, この世の習わしが厳しく分け隔てたものを、 Was der Mode Schwert
geteilt; あなたの聖なる偉力が再び結び合わせる…(そして) All Menschen werden
Brüder あなたの穏やかにたゆたう翼のもと、 Wo dein sanfter Flügel
weilt すべての人々は兄弟となる。
Wem der große Wurf
gelungen, ひとりの友の友となり、 Eines Freundes Freund zu
sein, ひとりの気高い女性を得られるなど、 Wer ein holdes Weib
errungen, 大いなる幸福に恵まれた人は、 Mische seinen Jubel ein! 歓喜の声をあわせよう! Ja,
wer auch nur eine Seele そう、この地上でただ一つの人の心でも Sein nennt auf dem
Erdenrund! 自分に大切なものと信じ得る人も! Und wer's nie gekonnt, der
stehle だが、それが出来なかった人は 涙ながらに Weinend sich aus diesem
Bund! ひそかに この集いより離れるがいい!
Freude trinken alle
Wesen この世のあらゆるものは歓喜を An den Brüsten der Natur, 自然の乳房より飲む…(そして) Alle
Guten, alle Bösen 善人も悪人もすべての人が Folgen ihrer
Rosenspur. 薔薇色の小径を辿る。 Küsse gab sie uns und
Reben, 自然は私たちにくちづけとぶどうと、 Einen Freund, geprüft im
Tod; 死をも分かち得る一人の友をもたらし Wollust ward dem Wurm
gegeben, 虫けらには快楽が与えられ…(そして) Und der Cherub steht vor
Gott. 天使ケルビムは嬉々として神の御前に立つ。
Froh, froh wie seine Sonnen
fliegen 喜べ喜べ 自らが陽光に満ちた大空を駆けるように、 Durch des Himmels prächit'gen
Plan, 天空の壮麗な広野を飛び交い、 Laufet, Brüder, eure
Bahn, 走れ兄弟よ、君たちの道を、 Freudig wie ein Held zum
siegen! 晴々と勝利に進む勇者のように。
Seid umschlungen
Millionen! 抱き合うがいい、数百万の人々よ! Diesen Kuß der ganzen
Welt! このくちづけを全世界に! Brüder - überm Sternenzelt 兄弟よ! 星々くらめく世界に Muß ein
lieber Vater wohnen. いとしい父が必ずいらっしゃるはず。 Ihr stürzt nieder,
Millionen? あなたがたはひざまずいているか、数百万の人々よ? Ahndest du den Schöpfer,
Welt? 創造主の存在を予感するか、世界よ? Such' ihn überm
Sternenzelt! 星々のかなたにその人をたずねよ! Über Sternen muß er
wohnen. 星々のきらめく天蓋のうえに必ずやその人はいらっしゃる。
O Freunde, nicht diese
Töne! Sondern lesst uns angenenehmere Anstimmen, und
freudenvollere.
Freude, Schöner Götterfunken, Tochter aus
Elysium, Wir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum. Deine
Zauber binden wieder, Was der Mode Schwert geteilt; All Menschen werden
Brüder Wo dein sanfter Flügel weilt
Wem der große Wurf
gelungen, Eines Freundes Freund zu sein, Wer ein holdes Weib
errungen, Mische seinen Jubel ein! Ja, wer auch nur eine Seele Sein
nennt auf dem Erdenrund! Und wer's nie gekonnt, der stehle Weinend sich
aus diesem Bund!
Freude trinken alle Wesen An den Brüsten der
Natur, Alle Guten, alle Bösen Folgen ihrer Rosenspur. Küsse gab sie uns
und Reben, Einen Freund, geprüft im Tod; Wollust ward dem Wurm
gegeben, Und der Cherub steht vor Gott.
Froh, froh wie seine Sonnen
fliegen Durch des Himmels prächit'gen Plan, Laufet, Brüder, eure
Bahn, Freudig wie ein Held zum siegen!
Seid umschlungen
Millionen! Diesen Kuß der ganzen Welt! Brüder - überm Sternenzelt Muß
ein lieber Vater wohnen. Ihr stürzt nieder, Millionen? Ahndest du den
Schöpfer, Welt? Such' ihn überm Sternenzelt! Über Sternen muß er
wohnen.
おお友よ、この調べではない! これでなく、もっと快い、 喜びに満ちた調べに共に声をあわせよう。
歓喜よ、美しい(神々の)火花よ、 天上の楽園の乙女よ!
私たちは情熱の中に酔いしれて、 崇高なあなたの聖所に足を踏み入れる、何と神々しい! この世の習わしが厳しく分け隔てたものを、
あなたの聖なる偉力が再び結び合わせる…(そして) あなたの穏やかにたゆたう翼のもと、 すべての人々は兄弟となる。
ひとりの友の友となり、 ひとりの気高い女性を得られるなど、 大いなる幸福に恵まれた人は、 歓喜の声をあわせよう! そう、この地上でただ一つの人の心でも 自分に大切なものと信じ得る人も! だが、それが出来なかった人は 涙ながらに ひそかに この集いより離れるがいい!
この世のあらゆるものは歓喜を 自然の乳房より飲む…(そして) 善人も悪人もすべての人が 薔薇色の小径を辿る。 自然は私たちにくちづけとぶどうと、 死をも分かち得る一人の友をもたらし
虫けらには快楽が与えられ…(そして) 天使ケルビムは嬉々として神の御前に立つ。
喜べ喜べ 自らが陽光に満ちた大空を駆けるように、 天空の壮麗な広野を飛び交い、 走れ兄弟よ、君たちの道を、 晴々と勝利に進む勇者のように。
抱き合うがいい、数百万の人々よ! このくちづけを全世界に! 兄弟よ! 星々くらめく世界に いとしい父が必ずいらっしゃるはず。 あなたがたはひざまずいているか、数百万の人々よ? 創造主の存在を予感するか、世界よ? 星々のかなたにその人をたずねよ! 星々のきらめく天蓋のうえに必ずやその人はいらっしゃる。
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「第九」の歌詞(ごろあわせ編) |
朝日新聞に掲載され有名になった第九の歌詞のごろあわせ。これは「国技館5,000人の第九コンサート」のために作られたというが、訳者は不明。合唱のための音訳なのでソロのパートは訳されていないヨウです。また、男性合唱の部分が無いのは、女声合唱のために作られたため?
フロイデ シエーネル ゲッテル フンケン 風呂出て 詩へ寝る 月輝る 紛健
トホテル アウスエ リージ ウム とホテル 会う末 理事 生む
ヴィルベ ト レーテン フオイケル トゥルンケン ビルべ と 0点 夫追い得る 取るん健
ヒンムリッシュ ハイリヒトウム 貧無理死へ 入り人産む
ダイネ ツアウベル ビンデン ヴィーデル 台寝 津会うベル ビン出ん 微出る
ヴァスディ モウデ シュトウレン ゲタイルト バス出い 詣で 酒取れん 下駄いると
アーレー メンシェン ヴェルデン ブリュウーデル ああ冷 麺支援 ベル出ん 鰤うでる
ヴォーダイン ザンフテル 暴大ん 残ふてる
ヤー ヴェル アオホ ヌル アイネ ズイーレー 矢 ベル 青穂 塗る 合い寝 図入れ
ザイン ネント アウフ デム エル デンルント 座居ん 寝んと 合う夫 出夢 得る 出んルンと
ウント ヴェルス ニー ゲコント デル シュティーレ 運飛 べ留守 兄 下来んと 出る 酒手入れ
ヴェイネント ズィッヒ アウス ディーゼン ブント 倍寝んと 実費 合う酢 出い膳 文と
キュッセ ガップ ズイー ウンス ウント リーベン 久瀬 合符 字 運す 運と 利便
アイネン フロイント ゲプリューフト イーム トート 愛念 風呂入んと 月賦流太 い武 藤飛
ヴォー ルストバルト デム ブルム ゲ ギーベン ぼう 留守泊ると 出む ブル無 下 技便
ウントデル ケールプ シュテイート フオル ゴット うんと出る 毛得るぷ 首手いと 歩折る 碁っと |
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第九の初演物語 |
ベートーヴェンの「第九交響曲」の初演はベートーヴェン54才の1824年5月7日にウィーンで行われた。リハーサルは2回しか行われなかったけれども(ベートーヴェンがそれに抗議すると、これで十分です、という答えが返ってきた)これは例を見ないほど大成功であった。\
ソプラノは18才のヘンリエッテ・ゾンタークが歌い、アルトのソロは21才のカロリーネ・ウンガーが歌った。当時もっとも魅力のある声をもった2人によってこの偉大なる作品は産湯をつかうことになった。
街角に貼り出されたポスターにはこう書いてあった。「イグナツ・シュパンツィヒ氏がオーケストラを指揮し、演奏の総指揮はミヒャエル・ウムラウフ氏が行う、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏はそれに参与する」
しかし実際には、耳の聞こえないベートーヴェンが燕尾服に黒い絹の半ズボンと黒いストッキングでオーケストラの前に立ってタクトを振ると、その後ろに立っているウムラウフが実際の指揮をし、出演者のすべての目はそのほうに向けられていたのである。
最後のニ長調の和音は消えるやいなや、いまだかって聞かれたことのないような拍手と歓呼の嵐がまきおこり、歌手とオーケストラも進んでその中に加わった。会場を満たしている歓声に気づいていないのはベートーヴェンだけであった。彼には何もきこえなかったのである。
その時カロリーネ・ウンガーが歩み寄って、その熱狂ぶりを目で見ることが出来るように、後ろを向かせた。ベートーヴェンはしばらく歓呼する聴衆を見ていたが、それから深く頭を下げて挨拶をし、壇上を去った。
この音楽会は彼に450グルデンをもたらした。今日に換算すると300マルク(※23000円)であった。
(バーナード・グリューン著「鍵穴から見た大音楽家」より
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第九の初演物語(日本)
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第一次世界大戦後に徳島に収容されたドイツ人俘虜たちは、実に多彩な活動をし、西欧特にドイツの優れた文化や技術を伝え、今日に繋がる実績を残した。特に、音楽面では、楽器や楽譜の製作、調達に苦労しながらも、なんと五つのオーケストラと二つの合唱団を結成した。実績を積み重ね、技量を向上させながら取り組んだ最大のイベントが、日本初演のベートーベンの第九の演奏である。
日本で収容、ドイツ捕虜
話は、第一次世界大戦にさかのぼる。日英同盟の誼みにより、英国の要請を受けた我が国は参戦、大正三年(1914)太平洋のドイツ領の諸島とともに、ドイツの租借地であった青島(チンタオ、中国山東半島)を攻撃した。敗れたドイツ将兵約五千は捕虜となり、九州から関東に到る各地に収容された。その後、大正六年収容所が再編整備され、四国では鳴門郊外の板東に約千名が集められた。世に言う板東俘虜収容所である。 ここに、世界史上類例をみない、俘虜たちの創造・文化の活動や地域住民との交流が始まった。(ちなみに、当時の捕虜は収容されると俘虜と呼ばれた。)
ドイツ俘虜の多彩な活動
俘虜には、民間人も含まれていた。俘虜たちは、実に多彩な活動をし、西欧特にドイツの優れた文化や技術を伝え、今日に繋がる実績を残した。例えば、人々に酪農経営を教え、パン・バター・チーズの製法、園芸栽培法、印刷技術を伝授した。収容所の中に、自らの手で、印刷所・図書館・音楽室など、様々な施設を作り、外では、橋を架けた等々。また演劇、スポーツ、芸術の分野の活動が活発であった。 特に、音楽面では、楽器や楽譜の製作、調達に苦労しながらも、なんと五つのオーケストラと二つの合唱団を結成した。演奏回数は数多く、時折、市内でも開催された。その一つが、四国八十八箇所一番札所の霊山寺おけるエンゲル楽器団の演奏である。(この写真がよく各種の印刷物に使用されているので、目にした人もおられると思う。)
ついに、本邦初演の第九に到る
実績を積み重ね、技量を向上させながら取り組んだ最大のイベントが、ベートーベンの第九の演奏である。困ったことに、第九となればソリストと合唱団に女声が必要となる。もとより、俘虜は男ばかりなので、やむを得ず、楽譜の該当部分を男声用を書き換えるなど、幾多の苦労を重ねながら練習したという。ついに、大正七年(1918)六月一日、軍楽長へルマン・ハンゼンの指揮の下、収容所内で全曲演奏された。合唱団は八十名であった。本邦初演の「第九」であり、しかも大正年他に日本で演奏されることはなかった。ベートーベン自身による初演から数え九十四年後の、また、数多くの人が「第九」を歓迎し始める契機となった、ワーグナー指揮の演奏から七十二年後の、壮挙である。そして、本邦初演から64年後の昭和五十七年、この六月一日は鳴門市の「第九の日」となり、第九を縁とする鳴門市や徳島の内外との交流の出発点となった。
鳴門の板東に、ドイツ捕虜の文明が花開いた理由
では、なぜ、日本各地にあった俘虜収容所の中で、ここだけ、このような異例の活動ができたかという疑問に行き着く。往時のドイツ将兵の水準の高さだけでは説明がつかない。それなら、他の収容所でも似たようなことができたはずである。私は、このほどこの地を訪ねる機会があったので、鳴門市長さん外、何人かの方にこの疑問をぶつけてみた。皆さんのおっしゃることや資料を総合すると、どうやら次の三点にまとめられる。
第一は、収容所長松江大佐の極めて寛大な俘虜処遇の方針である。会津藩士の子息であった大佐は、明治維新の戦いの中で、敗軍の惨めさを父から聞かされ、人道主義による俘虜の処遇について深く期するところがあったと言われる。この方針により、ドイツ俘虜は比較的自由な生活を送り、また実質外出自由であり、外泊する者もいたようである。収容所の活動や、住民との交流が可能となる素地がここにあった。
弟二に、この地が四国のお遍路さんを受け入れる一番の札所であったことである。人々は、各地からやってくる遍路の旅人を泊め、もてなすことに慣れ、これを誇りとして来た。そこへ、異国の元将兵がやって来ても、受け入れることに抵抗感は少なかったと言われる。人々は、俘虜たちを「ドイツさん」と呼び、多種多様なことを教わり、親しみをもって交流した。その結果、「ドイツさん」も日本文化を受容し、最近わかったことだが、例えば忠臣蔵をテーマに作曲も行われていた。研究や調査が進めば、もっと多くの事が分かってくるだろう。
第三に、この地が塩田や染料の藍の生産などで、当時の日本ではかなり豊かな地域であったことが挙げられる。かくして、収容所や俘虜の活動を経済的に下支えしたり、今日の言葉で言えば、スポンサーのような仕事をした地域の人々も結構いたと言われる。文化は、やはり、相応の豊かさが支えとなるものなのだ。
再確認された偉業と我々
忘れてならないことは、こうした「ドイツさん」たちの事跡も歳月の経過と大きな時間の変遷の中で、その後、あまり取り上げられなくなり、漸く近年に至って、再び注目を浴び、復活再生の流れが出て来たことである。その間、60年余の年月が流れる。歴史が決して一本道でなく、濃淡、紆余曲折を経るものであることがよく分かる。 我が取手「第九」もこの鳴門を含め、既に内外との交流を手掛け、9年余の間三回の演奏を実施、今やドイツでの親善演奏が大詰めを迎えている。広く想いを巡らせれば、我々の実績や試みも、はなはだ意義深いことが理解できよう。
追記:本文末尾に記されている取手「第九」合唱団のドイツ演奏旅行は、昨年(平成七年:1995年のこと)十月の取手での演奏をベースに、昨年末から今年の年始にかけて、筆者を団長とする百六十名余の団員が訪独して行われた。ドイツ側音楽監督、ウェルナー・シュティーフェル指揮の下、バーデン・バーデンフィルハーモニーやソリストとの演奏は、バーデンバーデンなど二都市で行われ、大成功を収めた。そのとき、ドイツ人の聴衆が総起立となった拍手が、七分間も打ち続くなど、素晴らしい感動体験を双方が、共有した。 ともに、敗戦国である日独両国民が戦後五十年の昨年に、平和と友愛を歓喜の曲で歌い上げたのは、意義深いことと言える。 筆者は当時、取手「第九」親睦会会長の任にあり、現在もその役員をしている。
(by 元国土庁審議官:仲津真治)
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年末に第九が多いのは
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12月に「第九」の演奏会が多いのは日本だけの現象です。 「第九」の演奏には大編成のオーケストラに加えて大人数の合唱団が必要であり、そのためか外国では日本のように頻繁には演奏されないようです。また第九は祝祭時に演奏されることが多いようです。日本で、現在のように12月に第九の演奏が多く行われるようになったのは、昭和40年頃からのようです。そのころある音楽事務所が「第九」の演奏会を12月に行ったところ満員になり。それが何年か続くと、他の音楽事務所や、オーケストラも、「第九」の演奏会をするようになり、それが、みな満員になったことから、どんどん増えてきたようです。また12月はボーナスシーズンでもあり、財政的の苦しいオーケストラにとって、いつでも満員になる第九公演はドル箱でもあるようです。
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「第九」合唱団(練習の基本は) |
個人の練習
自分のパートの音は完全に正しく覚えましょう。音の上り下がり、音符の長さ、休符の間の取り方、リズム、テンポすべてが音楽の基本です。
アンサンブルの練習
自分のパートを完全にマスターしたら、次はコーラスのハーモニー、アンサンブルを覚えましょう。自分が歌っている時、歌わない時の他の3パートの音の動きを良く聞き、ハーモニーが美しく出来ているか、全体のバランスはどうか等に気をつけることが合唱の基本です。
暗譜の練習
一通り音取りが出来、歌詞を覚えたと自分で判断したら、次は暗譜の練習です。楽譜を意識して離し、指揮を良く見ながらこれに合わせて、次の音と歌詞は口をついて出てくるようになるまで練習します。暗譜は音楽創りの基本です。
曲想創りの練習
強弱記号(P、f)などの記号が沢山出てきます。これらは曲想をつくる上で大事な記号です。指揮者の曲創りの考えを理解し、一つの音楽を皆で創りあげるのがコーラスの醍醐味です。
何回も何回も繰り返し練習することが、上達の王道です。上達には練習しかありません。
楽譜に命を注ぎ込もう! ~書き込みの薦め~
「楽譜」に書き込みをして、自分だけのオリジナル楽譜を作ることは、上達への早道です。『楽譜書き込みの極意』を伝授しましょう!
指導者の指示はどんどん書き込もう
練習中に指導者はどんどん音楽的な指示を与えます。それをとにかく楽譜に書き込むのです。ここで重要なのは自分の言葉で構わないということです。オリジナルの記号を作ってもいいのです。例えば、「ここでピッチが下がる!」という指示があったら、「↑」という記号を書いておくとか。自分で工夫してみるといいでしょう。第九の経験が増すにつれて、昔の書き込みを見直すのも、感慨深いものです。「ああ、あの時はこんなことを考えて歌っていたのだなあ。」などといろいろ思い出すことができ、楽しいものです。
蛍光ペンや色鉛筆を活用しよう。
合唱の場合、普段全パートの楽譜が全て書き込まれている「総譜(スコア)」を使います。
(オーケストラの奏者が、自分のパートだけが書かれている、「パート譜」を使って演奏しているのはご存知ですよね。)「第九」の場合オーケストラパートも含めて、基本的に6段の総譜で書いてあります。そうすると自分のパートの出る箇所がわかりにくいものです。そこで、蛍光ペンなどを使って、自分の出るフレーズの頭に色を着けておくのです。そうすると楽譜にかじりつかなくても、自分の出るタイミングがわかるようになるものです。「ドッペル・フーガ」の箇所などは、二つのフーガを色分けしてみるのも、音楽の構造を理解するうえでも有効ですよ。
言葉の意味を書き込もう。
カワイ版の楽譜には、各パートの下には、ドイツ語の言葉が書かれています。もちろん皆さんは、その言葉が読めるようになっているのですが、一つ一つの言葉の意味まで含めて理解できているでしょうか?そこで訳を、自分のパートの下に書き込んでみるのです。そうすると不思議なもので、今まで歌っていたドイツ語の歌詞に、より説得力が出てくるのです。すると、自ずから歌に自信が出てくるのですね。
演奏に説得力を持たせよう! ~暗譜の薦め~
一度思い切って譜面を閉じて歌ってみよう。
楽譜を見ないで歌うことは、初めての方にとっては、少し怖いことなのかもしれません。でも、本番では暗譜で歌わねばならないのです。一度思い切って楽譜を閉じて歌ってみましょう!
思い出してみてください。初めて自転車に乗れたときのことを。補助輪を外して乗るのが本当に怖かったものです。でも、補助輪を外しても、始めは怖いけれど、意外に楽に自転車に乗れるようになったものです。
同じように、暗譜で歌ってみましょう。意外にも歌える箇所はたくさんあるものです。だって、これまでに何度も繰り返し練習して、もう身体で憶えてしまっているんですから。そうやって暗譜でやってみる中で、自分の弱い箇所を見つけていけばいいのです。
オーケストラの音楽も憶えてしまおう。
暗譜が怖い理由の一つに、自分がいつ入ったらいいのかわからなくて、ドキドキしてしまうから、ということが挙げられます。確かに、「あと4小節、3小節」と数えて待つのは恐怖感がつきまとうものです。
そういう方は、オーケストラの音楽ごと暗譜してしまいましょう。つまり、「自分が入るのを待っている。」という感覚でなく、「オーケストラと共に演奏している。」という感覚に切り替えるのです。特に自分の入ってくる前8小節は完全に一緒に音楽しましょう。そうすることで、「入りの暗譜」も自然にできてしまうというわけです。
(by 合唱指揮者・仁階堂孝) |
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余談その1(合唱団と血液型って!?) |
血液型別性格診断って信じますか?このごろ思うのですが、教えているお弟子さんたちとの関係を考えるとき、血液型による相性ってあるように思えてなりません。私自身はO型ですので「おおらか、悪く言えば大雑把」「全体像の見極めが的確、気配りが得意、それがたたって大人物になれない」「人当たりが良い、悪くすると八方美人」「面倒見の良い親分肌、人から頼られる、一歩間違えると他人の世話で大忙し、大きなお世話」「筋を通したい、正義感・責任感についての意識は高い、悪人ではないが面白みにも欠ける」……A型のなりそこないで几帳面になりきれず、B型のように型破りなことも出来ず、AB型のような意外性もない、そんな性格らしいです。そして、A型に手間、面倒をかけ世話をしてもらうという、A型さんにとっての困ったさんで、B型には散々面倒を見てあげたのに振り回されてかわされ、AB型とは「何考えてるかわかんない!」と敬遠し合いながらも惹かれあう、そんな関係…?
さて、そんな「血液型」が、合唱団にもあるって信じますか?何十人もが集まる合唱団ですから一つの血液型に凝縮して判断できるわけない!とお思いでしょうが、いくつかの合唱団に伺ううちに各合唱団をこの4種の血液型に分類できる、と思えるようになりました。
A型合唱団=とても几帳面で運営もきっちりしており、練習中も非常にまじめです。時間通り、ノルマ通りに練習が進むことがモットー。次回への課題も必ずこなして来ます。指導者にとって一番楽な団体です。何と言っても連絡が丁寧で、初めての練習場所に伺うときは地図が送られてきて最寄り駅までお迎えが来る、練習が終わればお見送り、休憩中のお茶、お菓子、お絞りが用意されている…あまり過ぎると鬱陶しいくらい!?大学の学生合唱団母体など、まだ若い合唱団に多く見られます。
B型合唱団=マイペース、指揮者があるポイントについて指導しているのに5・6ページ前の部分について「音程が取れないのでもう一回お願いします。」などと発言する。本番直前までちっとも上達しないで指導者に大いに気を持たせるのに、本番は見事に変身してすごい演奏をする。私たちの心配はなんだったの?となんだかこっちがどっと疲れる。でも芸達者が盛り上げる演奏会後の打ち上げがメチャ楽しい!のでつい許してしまう。ベテランが多く平均年齢が高い合唱団ほどこの傾向が強い?!実は海千山千!
O型合唱団=練習は和気藹々、それぞれがそれぞれの役割を果たし物事がそつなく進んで行く。器用に何でもこなし、打たれ強く度胸もある。どんな時もある一定の水準は必ず守る。一番信頼できる合唱団です。指導者もつい安心して色々頼ってしまう。ところが連絡はしっぱなしで確認のフォローは足りず、楽譜のコピーは素早く送ってくるものの斜めに曲がっていたりページが足りなかったり…、とつめが甘いのでご注意!中堅どころのママさんコーラスに多く見受けられるかも?
AB型合唱団=一見何をしたいのか、何のために練習をしているのか掴めない団体です。団員には個々の強い思いもあるのに、団としての顔が今一つ作られていない、音楽もどこを目指すのか不明?しかし一旦何かきっかけを与えられると突然大変身、究極の演奏をすることが間々ある。いわゆるイベント合唱団に見られる傾向ですが、この傾向は老舗の名門合唱団も活動の中で必ず一度は通過するような気がします。
(by ピアニスト・太田由美子) |
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余談その2(顔の輪郭でわかる声の特徴!?) |
顔の輪郭でわかる声の特徴 <女声編> ソプラノ
顔はタマゴ型。ちょうどタマゴの中に小さな目、鼻、口がついているいう感じ。どちらかというと中肉中背で首が短い。(声帯が短い方がより高い声が出るのです)日頃高い声を出しているためか、軽いノリの性格の人が多い。明るく積極的だが、ちょっぴり変わった人もいる。
<女声編> アルト
あごのエラが少しばかり張っているため、低い声が出やすい。顔つきから言うと目、鼻、口がそれぞれに自己主張しており、はっきりとして目立つタイプ。ちょっと南方系の香りが漂う。性格的には低音のせいか、あねご肌多し。落ち着いた態度で人を安心もさせる。
<男声編> テノール
前回のソプラノと同じようにタマゴ型の顔。小さい顔にさがせばわかる程度の目・鼻・口、が遠慮がちに配置されている。Hな人でも鼻の下が短いのはやはり声帯のせい。
脳天から声を出しているので少々弱い(どこが?)といううわさも。ともあれ繊細で感性豊か。
<男声編> バ ス
基本形は、ハッキリ言って首の長いドラえもんタイプ。といったところ。顔は大きめ、鼻の下はとことん長い。多少のことではくよくよしないダイナミックな部分と妙にロマンティックな部分をあわせもつ。面倒見がいいのもアルトの特徴だ。
(Powerd by igosso似顔絵アバター)
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一般公募がある第九
サントリー一万人の第九
1983年に故山本直純指揮で第1回が始まった「サントリー1万人の第九」。今年度で25回を数える。その名の通り、1万人がベートーヴェンの「第九」を大合唱するという巨大スケールのコンサート。年末に大阪城ホールで公演を行う。指揮者は熱き男、佐渡
裕さん。合唱団への参加は6月に申し込みを受け付け後、抽選。夏から約3ヶ月の練習を重ねる。練習会場は近畿圏、東京でもレッスンを受けられる。
※1万人の合唱とは4楽章の「歓喜の歌」を聴衆も合唱に加わって総勢1万人が合唱することから付けられた。
国技館5000人の第九
1985年2月17日の両国国技館落成を祝賀する目的で開催されたのがこの第九の始まり。以後「国技館5000人の第九コンサート」として感動と喜びをより多くの人々に伝えるために毎年開催されている。合唱団員の募集は先着順で受付。出演には練習に参加する必要がある。練習は9月下旬から年明け以降本番までの間、東京都内を中心に首都圏各所にレッスン会場を設定してレッスンが進められる。
第九ひろしま
国技館5000人の第九と同じ1985年の12月12日に、「広島サンプラザ」のこけら落としの一環として、行われたのが始まり。合唱団規模は千数百人程度で、合唱団員の募集は7月から先着順受付による。練習は9月初旬から。「第九」経験者については11月初旬からの出席でも可。レッスン会場は広島県内のみ。
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