セントルイス交響楽団はアメリカ合衆国ミズーリ州セントルイスのパウエル・シンフォニーホールを拠点としている。アメリカ合衆国ではニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団に次いで2番目に古いオーケストラである。カーネギー・ホールでの定例演奏会や海外での演奏旅行を、定期的に務めている。また自主レーベル(Arch Media)での録音は、グラミー賞に56回ノミネートされ、そのうち6回受賞した。附属合唱団や、セントルイス・ユース・シンフォニーも併設されている。
セントルイス交響楽団は1880年設立され翌年ヨーゼフ・オッテンの指揮で第1回目のコンサートが開かれた。1894年にオッテンが辞するとアルフレッド・エルンストが継いだ。1907年からはマックス・ザックの時代となり、名称もセントルイスシンフォニーソサイエティに改められた。ザックはオーケストラを向上させ同時代の音楽やアメリカの音楽にも取り組んだ。
1921年にザックスが死去し後任にはルドルフ・ガンツが就き、1927年まで務めた。1927年から1931年までは客演指揮者の時代が続いた。1931年からはウラディミール・ゴルシュマンが音楽監督を務め、1958年に辞するまでの長きにわたってセントルイス交響楽団の演奏水準を引き上げた。その後、エドゥアルド・ヴァン・ルモーテル、エレアザール・カルヴァーリュと続いたがカルヴァーリュがセントルイス交響楽団を離れる1968年には現在の本拠地であるパウエル・シンフォニーホールが完成しそこに移った。
1968年からはウォルター・ススキンド、イェルジー・セムコフと続くが、この間レナード・スラットキンが副指揮者、首席指揮者を務めていた。スラットキンは1979年に音楽監督に就任し、1983年のタイム誌で全米第2位のオーケストラにランキングされるまでにセントルイス交響楽団の実力を引き上げた。スラットキンは同時代の作品に特に熱心に取り組み、セントルイス交響楽団と共にアメリカの作曲家の作品のレコーディングを続けている。1996年からはハンス・フォンクが、現在の音楽監督はデイヴィッド・ロバートソン。随時イツァーク・パールマンが音楽顧問を務める。2005年からはデイビット・ロバートソンがその任にあたっている。
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