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クリーヴランド管弦楽団

The Cleveland Orchestra


設立年 1918年

音楽監督 フランツ・ウェルザー=メスト(2002年~)

フランツ・ウェルザー=メスト

フランツ・ウェルザー=メストはオーストリアの指揮者。ミュンヘン音大に進学、1979年のカラヤン国際指揮者コンクールでは参加者中最年少ながらセミ・ファイナリストのひとりに選ばれる。1985年スウェーデンのノールショピング交響楽団の首席指揮者に就任、スイスのヴィンタートゥール交響楽団の指揮も任され、指揮者としてのキャリアを重ねていく。1990年、テンシュテットの後任としてロンドン・フィルの音楽監督に就任。 日本には1992年と1995年にロンドン・フィルとともに来日している。2002年からはクリーヴランド管弦楽団の音楽監督を務めている。2010年からはウィーン国立歌劇場音楽監督に就任する予定。


楽団紹介

クリーヴランド管弦楽団は1918年クリーヴランドの富豪アデッラ・プレンティス・ヒューズによって創設され、同年12月11日ニコライ・ソコロフの指揮のもと第1回目の演奏会を開いた。創設当初から、米国東部全体で演奏旅行を行い、ラジオ放送への出演やレコード制作にも取り組んできた。

クリーヴランド管弦楽団はオハイオ州のクリーヴランドを拠点とする。アメリカ合衆国のオーケストラで最もヨーロッパ的な響きのするオーケストラと認められており、世界屈指のオーケストラの1つである。

冬季はクリーヴランドのセヴェランス・ホールで、夏季はクヤホガ・フォールズのブロッサム・ミュージック・センターを本拠地として演奏活動を行なっている。

歴代の首席指揮者ないしは音楽監督は、1933年~43年、アルトゥール・ロジンスキ。ロジンスキーの時代では特にショスタコーヴィチの「ムツェンスク郡のマクベス夫人」のセミステージ形式でのアメリカ初演が注目された。1946年~70年、ジョージ・セル。ジョージ・セルの時代にはクリーヴランド管弦楽団は飛躍的な成長を遂げる。セルはクリーヴランド管弦楽団を磨き上げ世界的にも比類のないアンサンブルにまで高めた。セルはクリーヴランド管弦楽団と共に数多くのレコーディングを残したが、1970年の日本ツアーの後、急死してしまう。セルは聴衆の要望に応えてファミリーコンサートやサマーポップスコンサートも始めた。1968年からはクリーヴランド郊外で開かれるブラッサム音楽祭に参加している。

1970年~72年、ピエール・ブーレーズ(音楽顧問)。1972年~82年、ロリン・マゼール。マゼールはツアーやレコーディングに積極的に取り組んだが、ウィーン国立歌劇場の総監督就任を機にクリーヴランド管弦楽団を離れた。1984年~2002年、クリストフ・フォン・ドホナーニ。2002年からはフランツ・ウェルザー=メストが音楽監督を務めている。


ディスコグラフィ クリーヴランド管弦楽団


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