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ロスアンジェルス・フィルハーモニック

Los Angeles Philharmonic


設立年 1919年

音楽監督 エサ=ペッカ・サロネン(1992年〜)
Esa-Pekka Salonen

エサ=ペッカ・
サロネン

エサ=ペッカ・サロネン1958年生まれのフィンランドの作曲家、指揮者。1979年フィンランド放送交響楽団を指揮してデビュー。85年スウェーデン放送交響楽団首席指揮者就任。83年マイケル・ティルソン・トーマスの代役でフィルハーモニア管弦楽団を指揮し大成功、85年に同団の首席客演指揮者となる。

1985年からスウェーデン放送交響楽団の首席指揮者に、また1991年からロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に1992年からは音楽監督に就任し、現代音楽の演奏と録音に献身してきた。また、サロネンは現代音楽だけでなく、シベリウスやニールセン、ラーションなどの20世紀前半から中頃に活躍した北欧の作曲家の紹介にも取り組んでいる。


楽団紹介

ロサンジェルス・フィルハーモニックはカリフォルニア州を拠点とするオーケストラ。ロスアンジェルスフィルは1919年慈善家ウィリアム・アンドルース・クラーク・ジュニアによって創設された。セントポール交響楽団の指揮者を務めていたウォルター・ヘンリー・ロスウェルを迎え、1919年10月24日ロスウェルの指揮のもと第1回の演奏会が行われた。

1929年にはカーティス音楽院で教鞭をとっていたアルトゥール・ロジンスキーが音楽監督に招かれた。後にクリーヴランド管弦楽団、ニューヨーク・フィル、シカゴ交響楽団を歴任していくロジンスキーにとってロスアンジェルス・フィルの音楽監督の地位はアメリカでの最初の大きなポストとなった。1933年にはヨーロッパ各地のオペラハウスで名声を博していたオットー・クレンペラーを迎える。

その後、1943年にアメリカ生まれの指揮者アルフレッド・ウォーレンスタインが音楽監督に就任する。これまでアメリカ生まれの指揮者が自国のメジャーオーケストラの音楽監督に就くことはなかった。ウォーレンスタインの時代は1956年まで続いた。1962年からは当時まだ26歳であったズビン・メータが音楽監督となった。メータの時代にロスアンジェルス・フィルは著しい成長を遂げた。メータとの黄金時代は1979年まで続く。1978年にはカルロ・マリア・ジュリーニが音楽監督に就任した。ジュリーニはオーソドックスなレパートリーに力を入れる。この後、1986年から89年までアンドレ・プレヴィンが音楽監督を務め、1992年にはフィンランドの俊英エサ=ペッカ・サロネンが音楽監督と首席指揮者を兼務している。

ロサンジェルス・フィルの演奏拠点は2003年までロサンジェルス音楽センターのドロシー・チャンドラー・パビリオンだったが、2003年からはフランク・ゲーリーの設計した、近接のウォルト・ディズニー・コンサートホールに移動した。1919年の創立以来、年に最低一度は、姉妹都市のサンタバーバラでも演奏を行っている。夏にはハリウッドボウルで野外コンサートを行なっており、映画音楽の演奏でも知られている。


ディスコグラフィ ロスアンジェルス・フィルハーモニック


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